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思想家で発明家で兵学者だった『佐久間象山』️幕末の日本で残した数々の発明とその交友関係に注目!

(出典: Wikipedia)

象山しょうざんの先祖は織田信長に仕えた佐久間盛政の兄弟という説や上杉謙信に仕えた斎藤朝信(越後の上杉謙信に仕え『越後の鍾馗しょうき』と謳われた武将️)という説などあるが、真田家に仕えた佐久間大学という説が有力です。

その特徴は175cmの堂々たる体格で目がふくろうの様だったと伝えられています。

それでは今回は佐久間象山しょうざんがどんな人物だったのかに迫っていきましょう!

 

◆佐久間象山ってどんな人

(出典: Wikipedia)

文化8年(1811年) 2月28日、現在の長野県埴科郡に佐久間家待望の男の子が生まれた。

幼名は啓之助。後の佐久間象山しょうざんです。

父、一学は身分も低く50歳の高齢だったが、卜伝流の剣の達人で藩主の御右筆(ごゆうひつ)という書記の様な役職にあったため、主君にも近い立場でした。

その主君は信州真田家の真田幸貫ゆきつら

真田幸村こと信繁のぶしげの『お兄ちゃん』真田信幸(信之)の家系です。

◆主君、真田幸貫から高い評価を得ていた象山

真田幸貫(出典Wikipedia)

象山しょうざんは子どもの頃から利発で師にも恵まれたため、めきめきと学問を修め20歳の頃に主君幸貫ゆきつらの子幸良の教育係として抜擢される。

しかし、象山しょうざんは『かんが強い』と言われ、傲岸不遜ごうがんふそんでした。

つまり『この程度の事もわからないのか』と、偉い人にも偉そうに接し怒りっぽく態度は横柄だったそうです。

封建社会で軍事国家だった江戸時代にこんなを事したら即死刑となってもおかしくない。

ですが象山しょうざんの恵まれていたのは主君真田幸貫ゆきつらが『名君』であったこと。

性格はともかく実力は高いことを評価していたようです。

ある時、武芸大会の名簿作りを任された象山しょうざん

提出された名簿を見た藩のお偉いさんに『序列が間違っている』と指摘を受けた。

実はこれは実際には間違いというよりも、身分や格式に拘った指摘だったそう。

象山しょうざんはこれを断固拒否『自分は間違っていない』と通したため、謹慎となった事もあったが主君の真田幸貫ゆきつら象山しょうざんを支持する姿勢は最後まで続きました。

象山のここがすごい発明家象山

黒船(出典: Wikipedia)

外国船騒動の真っ只中の天保13年(1842年)。

当時、頻繁に訪れるようになった外国船の為、幕府は『海防掛かいぼうがかり』を設置、その役職に真田幸貫ゆきつらが任命されると象山しょうざんは『海防掛かいぼうがかり・顧問』に抜擢されました。

そして洋学研究の担当者を立てる必要から、象山しょうざんは洋学、兵学のを修めるために江川英龍の門を叩き、オランダのショメールの著『百科全書』に出会います。

これによって象山しょうざんは西洋研究に拍車がかかり、様々な発明品を作り出しました。

象山しょうざんが体験した善光寺地震の経験からか、揺れが来ると磁石が揺れて落ちるという地震予知機の他、ガラス、鉛筆など。

ペリーは来航した時に友好パーティーを開き、そこで電信のデモンストレーションをしました。

仮設の電線をかけて人や馬とどちらが早いかの競争させたのです。

当然電信の方が速いんですが、これはいわゆるペリー達が自分たちの優位性を見せつけるためのものだったんですが、実は象山しょうざんはこの5年も前に電信機の製作、実験に成功しています。

ペリー達の持ってきた地球儀や蒸気機関車の雛形(実際走るミニSL)などを『理解』していたのは象山しょうざんだけでした。

他にも写真機を見せたアメリカ人に『そのカメラの乾板のハロゲン液は臭素か?ヨウ素か?』とたずね、その専門知識で驚かせたというエピソードもあります。

江川英龍に砲術を学び、大砲の製作もしてますが、この大砲は撃った途端に砲身が炸裂し

江戸っ子達の笑いを誘ったそうです。

象山の周りには数多くの有名人が

(長野市松代 象山神社)

実は象山しょうざんのまわりには幕末の有名人がいっぱいいます。

師の1人は、代々続く韮山代官で『パン祖』江川太郎左衛門英龍。

弟子には勝海舟、河井継之助、橋本左内、そして坂本龍馬

奥さんは勝海舟の実妹『順子』。

その息子はなんと新撰組隊士『三浦啓之助』(脱走してしまいます)。

海防掛の顧問だったことから、この頃の主だった政治家にはほとんど面識があり幕末の志士の中でも『西洋かぶれ』といわれ、狙う方にも有名でした。

象山しょうざんを殺したのは『幕末四大人斬り河上彦斎かわかみげんさい

河上彦斎かわかみげんさいは長州出身で、女性の様な細面で、膝を擦るほど低い姿勢からの抜刀術の使い手で、彼が人気漫画『るろうに剣心』のモデルになったと言われてます。

これだけ周りが有名人ばかりなのに、その話題が少ないのは象山しょうざん自身のアクの強さにあるのかも知れません。

不遜で自信過剰でしたが天才だった事は本当です。

ペリー来航の際、傲岸不遜ごうがんふそんなペリーがあまりの迫力に会釈したという逸話があります。

大変、自信家で口が過ぎるため、何度も謹慎処分を受けてます。

象山しょうざんは私塾を開き、横浜開港の際に識者を駆けずり回り、ペリー来航時には軍議役となり、以降も洋学や兵学はもとより電信、写真などの実験を成功させた人物でした。

まとめ

象山しょうざんの言葉にこんな言葉があります。

『書を読んで知識をため込むだけでは駄目である。実際にやってみなければ役に立たない。それがサイエンスだ。』

まさに実際に『実践』した人の言葉ですね🎵

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